エッセイ 『J.M.ケインズが打ち出した異論』

 エッセイ NO.3  『J.M.ケインズが打ち出した異論』 
 R.L.ハイルブローナー 著

 ジョン・メイナード・ケインズ。言わずと知れた経済学者である。私が本章を読む前に持っていたケインズのイメージは「経済学一辺倒の堅物」という根拠の無い偏見の塊であった。しかしながら、本章の読み進めるに従い、私の予想とは180度異なるケインズがそこにはいたのである。

 ケインズはまさに天才・鬼才であったと記されている。多少の誇大表現があるとは思うが、それは私の想像を絶するものであった。幼少の頃、5歳にも満たない頃より利子の経済的意味を考え、6歳の時には脳の働きを考えていたのだ。そして彼は成長するに従い頭角を現し、大学ではマーシャルに認められ、またブルームズベリーの母体に所属するなど経済学や芸術といった分野でその才能を遺憾無く発揮し、その後大学を出てからは文官としての仕事をこなしつつ経済学の研究を行い、一方でビジネスとして劇場を作ったとか思えば、また一方で保険会社の社長になるなど幅広く活躍している。

 また、彼は数多くの書物も残している。ヴェルサイユ条約の批判として書かれた『平和の経済的帰結』や経済の循環を説いた『貨幣論』、貨幣論の失敗から生まれた『一般理論』などがあるが、それらは時代の要請に応えるかの如く絶妙なタイミングで執筆されたのだった。

 ここで私はふと思った、ケインズの考えや行動が福澤諭吉と酷似していると。特にケインズの大学時代の生活は福澤諭吉の適塾での生活、またより良い資本主義経済を創造しようと取り組んだケインズの執筆は文明開化を目指し執筆を続けた福澤諭吉とリンクしているように見て取れる。次の時代へと牽引した両者の原動力は理想を持っていたということであろう。物事をいくら見ぬけたとしてもそれが無ければ何の役にも立たないのではと私は考えされられた。世の役に立たない頭ばかりの堅物になってはならないと、堅物だと思っていたケインズに教えられてしまったようだ。

 最後に、それまでの常識に捉われず本質を突いたケインズの理論にも感服である、しかしそれ以上に、その根底にあるより良い社会を作りたいと思う彼の熱意に私は心を打たれてしまった。
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by jokerish2 | 2005-05-12 10:52 | エッセイ(課題)
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