エッセイ 『加藤紘一氏の講演を聞いて』

 エッセイ NO.5  『加藤紘一氏の講演を聞いて』

 加藤紘一、堂々とした姿勢だ。しかし、横柄な印象は無い。好感は持てないがその逆でもないといった感じだろうか。また、ひとつひとつの話は非常にわかり易いが、現実を描写しているだけで味気無く、全体としては非常に回りくどく感じた。もちろん参考にすべき内容の話も中にはあったのだが、今回は話の内容よりも彼が話しの最後に学生に質問したことについて考えたいと思う。

 日本、この国は明治維新後、西洋流の「富国強兵」「殖産興業」を目標に中央集権国家として政府が舵取りを行ってきた。戦争という一時の挫折はあったものの、戦後は世界でも類を見ないほどの経済成長を成し遂げ、世界最大の経済大国の一つにまで成長した。このように頂点にまで登りつめた日本人だが、海外の人から見ると幸せな顔をしていない人が多く映ると言う。

 それはなぜか。私はこう考える。富の多さが幸せの大きさではない。と同時に生活水準の高さも幸せの大きさに比例するわけではない。このことは経済成長を目指し奮闘している国の人間から見ると信じられないはずだ。

 では何が幸せをもたらすのか。それは人によって異なり一般化することは不可能である。もちろん富を求める人もいる、また富以上に余暇を求める人もいる、その他も然りである。しかしながら、政府主導の経済成長の名残だろうか、日本において「富=幸せ」という固定観念があるように感じる。この考えが自身の本当に欲することを犠牲にしてまで働く人々を生み出し、富があっても幸せそうな顔に見えない日本人が多い所以ではないだろうか。

 『福翁自伝』やその他の本にもあったように、ここでも今まで当然と考えていたことを疑うことが重要になってくる。「指導者たちと自分を同格に置いて考える」という加藤紘一の言葉も遠からず同じ意味を含んでいるようだ。鵜呑みにしないこと、自分の頭で考えること、シンプルなことが大切であると念を押された講演であった。
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by jokerish2 | 2005-05-12 10:53 | エッセイ(課題)
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