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映画 『いま、会いにゆきます』

映画 NO.19 『いま、会いにゆきます』
 
 内容はいわずもがな。この映画を観て久しぶりに大泣きした。最も強く感じたことは大切な人がいる生活がどれほど幸せなものでどれほど掛け替えのないものなのかということ。60億を超える人の中でたった1人の人がいるだけで、人生というものは想像しがたいほどの彩を帯びてくる。もちろんそれは幸せばかりではなく切なさや悲しさも含んだ幸福という彩。私もそんな色彩に富んだ人生を送りたいという憧れを抱かずにはいられなく、とても心温まる作品だった。
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by jokerish2 | 2005-12-28 16:15 | 映画

歴史 『竜馬がゆく(八)』

歴史 No.26 『竜馬がゆく(八)』 司馬 遼太郎 著

 最終巻である本巻で、ついに徳川慶喜が大政を奉還すると表明し、三百年余りの徳川政権は幕を閉じる。ここで漸く竜馬の目標は達成され、日本の維新への勢いはどんどん加速していく。しかしながら、明治への道を切り開いた竜馬は明治の日本を見ることもなくこの世を去ることとなる。

 さて、文中に「われ死する時は命を天にかえし、高き官にのぼると思いさだめて死をおそるるなかれ」また「世に生を得るは、事をなすにあり」という言葉がある。これは竜馬の持論であり、まさに竜馬の行動を言葉で表した文である。偉業を成し遂げる人々はこのような考え方をしていることが多いと感じる。私にはないこのような考え方を持ち合わせるにはどのような素質が必要なのか、これこそ私が「竜馬がゆく」を読もうと思った一つの理由である。読んでみて解ったこと、それは福澤諭吉然り、坂本竜馬然り、彼らは幼少期から身の回りにある不条理なものを易々と受けいれなかったということである。おかしいと感じたことを鵜呑みにしてこなかったのである。こうして幼少期から培われた不条理を正そうという姿勢が歳を重ねるにつれて、身の回りから日本へと広がっていったのだろう。これは尊敬すべき考え方である一方で、彼の幸せは私にとっての幸せでないのも事実であり、私は国家的な偉業を成し遂げる人物ではなさそうである。
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by jokerish2 | 2005-12-28 16:11 | 本:歴史・ノンフィクション

映画 『69』

映画 NO.18 『69』

 「青春」を感じる作品。舞台は1969年の佐世保。目立ってモテたいがために学校の屋上をバリケード封鎖してしまう、というかなりフザけた映画である。しかしながら、フザけた映画ではあるが、その中にも不純な動機や妄想が出発点となって行動できてしまう若々しさが面白おかしく表現されていて見ていてとてもすっきりした。

 私自身の高校時代を振り返ってみると、映画と変わらないくらいフザけていたなと笑ってしまう。妄想を膨らませてリスクを考えずに突っ走ってみたり、モテたいがためにバンドをやったりバイクに乗ってみたり。もしかすると不純な動機こそが私の動機そのものだったのではないかと思うくらい不純である。しかしながら、不純であるが故に気持ちよかったりもする。他人には決して言うことができない理由で行動していることに自分だけの世界を感じることもできた。ある意味、不純な動機は狭い世界しか知らない自分自身に新しい世界をもたらす自衛手段だったのかもしれない。
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by jokerish2 | 2005-12-28 16:11 | 映画

歴史 『竜馬がゆく(七)』

歴史 No.25 『竜馬がゆく(七)』 司馬 遼太郎 著

 竜馬はまたしても奇策を講じることになる。前巻では倒幕のための勢力として薩長の軍事同盟を文字通り東奔西走して成し遂げた。それにもかかわらず、竜馬は幕府のもつ政権を穏やかに朝廷に返還させる大政奉還を行おうとする。これによって内乱を避け、外国につけ入る暇を与えず、一挙に新政府を樹立するという無血革命を成功させようとしたのである。

 竜馬がやろうとしていることは、当初の目的と比べても変化はない。しかしながら、その手段は幾度となく変わってきている。柔軟な対応と言えばそうであるが、一方で周りにいる人々からすれば竜馬が何をしようとしているのか全くわからなかったであろう。とは言え、与えられた諸条件の中で最適の答えを出す能力にはやはり脱帽である。
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by jokerish2 | 2005-12-28 16:10 | 本:歴史・ノンフィクション

映画 『ミリオン・ダラー・ベイビー』

映画 NO.17 『ミリオン・ダラー・ベイビー』

 周りの人の評価が高かったので観てみたが、私はあまり好きではない作品だった。しかしながら、賞を獲るだけあって全く無味乾燥な作品ではなく所々考えさせられる部分もあった。社会の下層に生きる人たちの暮らしや彼らが何かに人生を賭けてみたいと思う状況など、恵まれた環境にいる私には到底体験することもできない世界を見ることができた。そのような世界を見ると、いつも私は何もできない私自身に、そして見てみぬ振りをして何もしようとしない私自身に嫌気が差す。だから私はこのような作品が好きではないのかも知れない。また、身近な人が植物状態になったときの愛の行方も、ドラマの中ではありきたりなシーンの1つだが、あらためて見ると生命維持装置を外してしまう気持ちもわからなくはない。私自身がその状況になったらと考えてみても想像もつかない。もしかしたら、人を殺すことが悪であるという常識すら頭の中から消え去ってしまっているのかもしれない。そのようなことを作品を最後まで見て思った。最後に映像に関して、光と影の使い方がとても印象的で、カラバッジョやレンブラントの作品を見ているような気分だった。
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by jokerish2 | 2005-12-28 16:10 | 映画

歴史 『竜馬がゆく(六)』

歴史 No.24 『竜馬がゆく(六)』 司馬 遼太郎 著

 前巻で頓挫せざるを得なくなった竜馬の野望を成し遂げるために、竜馬が次に取りかかった計画は犬猿の仲である長州と薩摩の手を組ませることであった。両藩は互いに憎悪し合っているため、今まで誰も薩長に手を組ませようとしてこなかった。しかしながら、竜馬は不可能を可能にするために奔走し、ついに薩摩と長州の軍事同盟を結ぶことに成功する。この瞬間、竜馬の野望は再び前進を始めた。

 薩摩を代表する西郷吉之助、長州を代表する桂小五郎、そして両者を取りまとめようとする坂本竜馬、この3人のやり取りはとても興味深かった。特に西郷と桂の2人がそれぞれ何を得意とし、何を一番大切としているのかが、交渉の場や行動からおもしろいようによくわかる。当事者の1人である竜馬は客観的にこの密議を見れていたのだろうから、密議をまとめるのは大変である一方で楽しかったのではないかと思う。徐々にではあるが、もしかしたら、竜馬の奔走は日本のためだけではなく、自身のためでもあるような気がしてきた。
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by jokerish2 | 2005-12-28 16:09 | 本:歴史・ノンフィクション

歴史 『竜馬がゆく(五)』

歴史 No.23 『竜馬がゆく(五)』 司馬 遼太郎 著

 竜馬が一隻の軍艦を手に入れた矢先、池田屋の変や蛤御門の変を経て時勢は急速に佐幕色へと移り変わる。時勢は竜馬がやっとの思いで作り上げた神戸軍艦塾をも解散させてしまう。「志士たちで船体を操り、大いに交易をやり、時いたらば倒幕のために海軍にする」という竜馬の壮大な計画も頓挫せざるを得なくなってしまった。前途多難な道のり、竜馬はどう打開するのだろうか。

 さて、本題から逸れるが本巻で印象に残った一文がある。おそらく今読んだからこそ印象に残った一文なのだが、「大望を持つ身は、いつ地上から消えても、跡形もないようにしておきたい」とある。確かに、と思った。自らの命と引き換えに何かを成し遂げようとする身にとって、生きることに未練があることは重荷にならざるを得ない。命を懸けるとは言わずとも、持てる時間を最大限に費やして何かを成し遂げようとするならば、重荷を背負っていることは成功を遠ざける可能性がある。竜馬ですら特定の女を持つことを危惧していたと思うと、竜馬に親近感がわくと共に、男は女に弱い生き物だという事実がとても微笑ましい。
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by jokerish2 | 2005-12-28 16:08 | 本:歴史・ノンフィクション

本 『誰も知らない名言集』

本 NO.12 『誰も知らない名言集』 リリー・フランキー 著

 この本は著者であるリリー・フランキーがその特異な人間関係を駆使して集められた日常に溢れる名言を集め、そのストーリーを綴ったものである。ゼミの企画の得点として加えることが、あるいは読書のページに書き加えることに多少の疑問を感じる一冊ではある。だが、夜中の3時、寝る前の布団の中でこれほど私を爆笑させた本は今までなかった。私にとってそれほど偉大な一冊であるため、感想の筆を執るに至った。リリー・フランキーの交友関係、そして人間観察の力は類まれな才能と言わざるを得ない。この域に達すると、人生がテーマパークである。常人には気付かない些細なことがきっかけとなり、その場はアトラクションとなる。感動と興奮の連続。基本的に公序良俗に反する可能性があるため、ここで紹介できないのが残念でならない。リリー・フランキーワールド悪感、いや圧巻である。
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by jokerish2 | 2005-12-05 16:06 | 本:その他

本  『サッカー監督という仕事』

本 NO.11  『サッカー監督という仕事』 湯浅 健二 著

 この本では著者が書いているように「自由にプレーせざるを得ないサッカーの基本的メカニズムと、その限りない魅力を広く知ってもらいたい」という思いを存分に感じることができた。ご存知の通り、サッカーは形式、ルール共にシンプルそのものであり、イレギュラーしやすい球形のボールを足で扱うからそこ不確実なファクターが絶えず存在し、最終的には選手が自由に判断と決断をし、プレーせざるを得ない。そんな中、サッカー監督はどのような存在であるべきか、どういう仕事が望ましいのか、それについて監督のパーソナリティに焦点を当てて本書は書かれている。

 読み終えて、世に言う素晴しい名監督達の人間としての器の大きさに感動した。かなり抽象的ではあるが、名監督と呼ばれる人たちは「この人についてゆけば何かが起こるかもしれない」と選手に思わせるような人間的魅力を備えているらしい。とにかくサッカー監督の偉大さを知る意味ではとても良い本だと思う。サッカーを知らない人でも、組織の上部に立つ人にはおすすめである。
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by jokerish2 | 2005-12-05 16:05 | 本:その他

映画 『恋愛寫眞』

映画 NO.16 『恋愛寫眞』

 「写真を撮りに行こう。」これは私がこの映画を観終わった時に最初に思ったことである。きっとこの映画の中に出てくる写真がとてもキレイなものばかりだったから、そんな写真を自分も撮ってみたいと思ったのだろう。あまりの多忙さゆえに、写真を撮りに行く時間を取れなかったから写真を撮りに行きたいと思ったのだろう。いずれにせよ、この映画は1人の人間に写真の魅力を再認識させた。私の心を動かした作品の中の1つである。一方で、ストーリーそのものは所々共感する場面はあったもののあまり印象に残っていない。それよりも、映画全体を通しての映像の撮り方の方が印象に残った。様々な採り方をしているのでそういう意味では楽しめる。

 さて、字数が余ったので、なぜ私が写真好きかということについて。よく夕陽など綺麗な風景の写真を撮っていると、「目で見たほうが綺麗だよ」と言われる。もちろん私も綺麗な景色は目で見ても綺麗だと思うし、目に焼きつけ記憶の片隅にしまっておこうと思っている。あるいは目で見たほうが綺麗なものがあることも否定しない。しかし、ファインダーを通して見る世界は目だけを通して見る世界の何倍もの発見がある。写真を撮らなければ一通りの画しか見ることができない。それに対して、写真はその瞬間に気付かなかった細部の、背景の、脇役の感動に気付くことができる。もっと目が鮮明に見えたらどう見えるのかなど無数の感動がそこにはある。一瞬でいろいろなものを認識したり、想像できる人間ではないからこそ写真が好きなのかもしれない。
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by jokerish2 | 2005-12-05 16:04 | 映画