歴史 『竜馬がゆく(八)』

歴史 No.26 『竜馬がゆく(八)』 司馬 遼太郎 著

 最終巻である本巻で、ついに徳川慶喜が大政を奉還すると表明し、三百年余りの徳川政権は幕を閉じる。ここで漸く竜馬の目標は達成され、日本の維新への勢いはどんどん加速していく。しかしながら、明治への道を切り開いた竜馬は明治の日本を見ることもなくこの世を去ることとなる。

 さて、文中に「われ死する時は命を天にかえし、高き官にのぼると思いさだめて死をおそるるなかれ」また「世に生を得るは、事をなすにあり」という言葉がある。これは竜馬の持論であり、まさに竜馬の行動を言葉で表した文である。偉業を成し遂げる人々はこのような考え方をしていることが多いと感じる。私にはないこのような考え方を持ち合わせるにはどのような素質が必要なのか、これこそ私が「竜馬がゆく」を読もうと思った一つの理由である。読んでみて解ったこと、それは福澤諭吉然り、坂本竜馬然り、彼らは幼少期から身の回りにある不条理なものを易々と受けいれなかったということである。おかしいと感じたことを鵜呑みにしてこなかったのである。こうして幼少期から培われた不条理を正そうという姿勢が歳を重ねるにつれて、身の回りから日本へと広がっていったのだろう。これは尊敬すべき考え方である一方で、彼の幸せは私にとっての幸せでないのも事実であり、私は国家的な偉業を成し遂げる人物ではなさそうである。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-28 16:11 | 本:歴史・ノンフィクション

映画 『69』

映画 NO.18 『69』

 「青春」を感じる作品。舞台は1969年の佐世保。目立ってモテたいがために学校の屋上をバリケード封鎖してしまう、というかなりフザけた映画である。しかしながら、フザけた映画ではあるが、その中にも不純な動機や妄想が出発点となって行動できてしまう若々しさが面白おかしく表現されていて見ていてとてもすっきりした。

 私自身の高校時代を振り返ってみると、映画と変わらないくらいフザけていたなと笑ってしまう。妄想を膨らませてリスクを考えずに突っ走ってみたり、モテたいがためにバンドをやったりバイクに乗ってみたり。もしかすると不純な動機こそが私の動機そのものだったのではないかと思うくらい不純である。しかしながら、不純であるが故に気持ちよかったりもする。他人には決して言うことができない理由で行動していることに自分だけの世界を感じることもできた。ある意味、不純な動機は狭い世界しか知らない自分自身に新しい世界をもたらす自衛手段だったのかもしれない。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-28 16:11 | 映画

歴史 『竜馬がゆく(七)』

歴史 No.25 『竜馬がゆく(七)』 司馬 遼太郎 著

 竜馬はまたしても奇策を講じることになる。前巻では倒幕のための勢力として薩長の軍事同盟を文字通り東奔西走して成し遂げた。それにもかかわらず、竜馬は幕府のもつ政権を穏やかに朝廷に返還させる大政奉還を行おうとする。これによって内乱を避け、外国につけ入る暇を与えず、一挙に新政府を樹立するという無血革命を成功させようとしたのである。

 竜馬がやろうとしていることは、当初の目的と比べても変化はない。しかしながら、その手段は幾度となく変わってきている。柔軟な対応と言えばそうであるが、一方で周りにいる人々からすれば竜馬が何をしようとしているのか全くわからなかったであろう。とは言え、与えられた諸条件の中で最適の答えを出す能力にはやはり脱帽である。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-28 16:10 | 本:歴史・ノンフィクション

映画 『ミリオン・ダラー・ベイビー』

映画 NO.17 『ミリオン・ダラー・ベイビー』

 周りの人の評価が高かったので観てみたが、私はあまり好きではない作品だった。しかしながら、賞を獲るだけあって全く無味乾燥な作品ではなく所々考えさせられる部分もあった。社会の下層に生きる人たちの暮らしや彼らが何かに人生を賭けてみたいと思う状況など、恵まれた環境にいる私には到底体験することもできない世界を見ることができた。そのような世界を見ると、いつも私は何もできない私自身に、そして見てみぬ振りをして何もしようとしない私自身に嫌気が差す。だから私はこのような作品が好きではないのかも知れない。また、身近な人が植物状態になったときの愛の行方も、ドラマの中ではありきたりなシーンの1つだが、あらためて見ると生命維持装置を外してしまう気持ちもわからなくはない。私自身がその状況になったらと考えてみても想像もつかない。もしかしたら、人を殺すことが悪であるという常識すら頭の中から消え去ってしまっているのかもしれない。そのようなことを作品を最後まで見て思った。最後に映像に関して、光と影の使い方がとても印象的で、カラバッジョやレンブラントの作品を見ているような気分だった。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-28 16:10 | 映画

歴史 『竜馬がゆく(六)』

歴史 No.24 『竜馬がゆく(六)』 司馬 遼太郎 著

 前巻で頓挫せざるを得なくなった竜馬の野望を成し遂げるために、竜馬が次に取りかかった計画は犬猿の仲である長州と薩摩の手を組ませることであった。両藩は互いに憎悪し合っているため、今まで誰も薩長に手を組ませようとしてこなかった。しかしながら、竜馬は不可能を可能にするために奔走し、ついに薩摩と長州の軍事同盟を結ぶことに成功する。この瞬間、竜馬の野望は再び前進を始めた。

 薩摩を代表する西郷吉之助、長州を代表する桂小五郎、そして両者を取りまとめようとする坂本竜馬、この3人のやり取りはとても興味深かった。特に西郷と桂の2人がそれぞれ何を得意とし、何を一番大切としているのかが、交渉の場や行動からおもしろいようによくわかる。当事者の1人である竜馬は客観的にこの密議を見れていたのだろうから、密議をまとめるのは大変である一方で楽しかったのではないかと思う。徐々にではあるが、もしかしたら、竜馬の奔走は日本のためだけではなく、自身のためでもあるような気がしてきた。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-28 16:09 | 本:歴史・ノンフィクション

歴史 『竜馬がゆく(五)』

歴史 No.23 『竜馬がゆく(五)』 司馬 遼太郎 著

 竜馬が一隻の軍艦を手に入れた矢先、池田屋の変や蛤御門の変を経て時勢は急速に佐幕色へと移り変わる。時勢は竜馬がやっとの思いで作り上げた神戸軍艦塾をも解散させてしまう。「志士たちで船体を操り、大いに交易をやり、時いたらば倒幕のために海軍にする」という竜馬の壮大な計画も頓挫せざるを得なくなってしまった。前途多難な道のり、竜馬はどう打開するのだろうか。

 さて、本題から逸れるが本巻で印象に残った一文がある。おそらく今読んだからこそ印象に残った一文なのだが、「大望を持つ身は、いつ地上から消えても、跡形もないようにしておきたい」とある。確かに、と思った。自らの命と引き換えに何かを成し遂げようとする身にとって、生きることに未練があることは重荷にならざるを得ない。命を懸けるとは言わずとも、持てる時間を最大限に費やして何かを成し遂げようとするならば、重荷を背負っていることは成功を遠ざける可能性がある。竜馬ですら特定の女を持つことを危惧していたと思うと、竜馬に親近感がわくと共に、男は女に弱い生き物だという事実がとても微笑ましい。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-28 16:08 | 本:歴史・ノンフィクション

本 『誰も知らない名言集』

本 NO.12 『誰も知らない名言集』 リリー・フランキー 著

 この本は著者であるリリー・フランキーがその特異な人間関係を駆使して集められた日常に溢れる名言を集め、そのストーリーを綴ったものである。ゼミの企画の得点として加えることが、あるいは読書のページに書き加えることに多少の疑問を感じる一冊ではある。だが、夜中の3時、寝る前の布団の中でこれほど私を爆笑させた本は今までなかった。私にとってそれほど偉大な一冊であるため、感想の筆を執るに至った。リリー・フランキーの交友関係、そして人間観察の力は類まれな才能と言わざるを得ない。この域に達すると、人生がテーマパークである。常人には気付かない些細なことがきっかけとなり、その場はアトラクションとなる。感動と興奮の連続。基本的に公序良俗に反する可能性があるため、ここで紹介できないのが残念でならない。リリー・フランキーワールド悪感、いや圧巻である。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-05 16:06 | 本:その他

本  『サッカー監督という仕事』

本 NO.11  『サッカー監督という仕事』 湯浅 健二 著

 この本では著者が書いているように「自由にプレーせざるを得ないサッカーの基本的メカニズムと、その限りない魅力を広く知ってもらいたい」という思いを存分に感じることができた。ご存知の通り、サッカーは形式、ルール共にシンプルそのものであり、イレギュラーしやすい球形のボールを足で扱うからそこ不確実なファクターが絶えず存在し、最終的には選手が自由に判断と決断をし、プレーせざるを得ない。そんな中、サッカー監督はどのような存在であるべきか、どういう仕事が望ましいのか、それについて監督のパーソナリティに焦点を当てて本書は書かれている。

 読み終えて、世に言う素晴しい名監督達の人間としての器の大きさに感動した。かなり抽象的ではあるが、名監督と呼ばれる人たちは「この人についてゆけば何かが起こるかもしれない」と選手に思わせるような人間的魅力を備えているらしい。とにかくサッカー監督の偉大さを知る意味ではとても良い本だと思う。サッカーを知らない人でも、組織の上部に立つ人にはおすすめである。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-05 16:05 | 本:その他

映画 『恋愛寫眞』

映画 NO.16 『恋愛寫眞』

 「写真を撮りに行こう。」これは私がこの映画を観終わった時に最初に思ったことである。きっとこの映画の中に出てくる写真がとてもキレイなものばかりだったから、そんな写真を自分も撮ってみたいと思ったのだろう。あまりの多忙さゆえに、写真を撮りに行く時間を取れなかったから写真を撮りに行きたいと思ったのだろう。いずれにせよ、この映画は1人の人間に写真の魅力を再認識させた。私の心を動かした作品の中の1つである。一方で、ストーリーそのものは所々共感する場面はあったもののあまり印象に残っていない。それよりも、映画全体を通しての映像の撮り方の方が印象に残った。様々な採り方をしているのでそういう意味では楽しめる。

 さて、字数が余ったので、なぜ私が写真好きかということについて。よく夕陽など綺麗な風景の写真を撮っていると、「目で見たほうが綺麗だよ」と言われる。もちろん私も綺麗な景色は目で見ても綺麗だと思うし、目に焼きつけ記憶の片隅にしまっておこうと思っている。あるいは目で見たほうが綺麗なものがあることも否定しない。しかし、ファインダーを通して見る世界は目だけを通して見る世界の何倍もの発見がある。写真を撮らなければ一通りの画しか見ることができない。それに対して、写真はその瞬間に気付かなかった細部の、背景の、脇役の感動に気付くことができる。もっと目が鮮明に見えたらどう見えるのかなど無数の感動がそこにはある。一瞬でいろいろなものを認識したり、想像できる人間ではないからこそ写真が好きなのかもしれない。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-05 16:04 | 映画

映画 『デイ・アフター・トゥモロー』

映画 NO.14 『デイ・アフター・トゥモロー』

 ハリウッド映画にありがちなとにかくパニックパニックしている作品。温暖化が進んで極地の氷が解け始めて地球が一気に氷河期に、と言う内容。実際の自然界で起こってみないとどうなるかわからないが、少しやりすぎな印象を受けた。ところで、アメリカ人はこの映画をどんな気持ちで観ていたのだろうか。京都議定書が頭の片隅に浮かんだりするのだろうか。それとも、迫力のCGでパニックを疑似体験してそれで満足なのだろうか。おそらく後者だろう。現実味のない設定がそれに拍車をかけている。上記のように環境問題の作品として観ると感想はあまりない。

 しかしながら、視点を変えて、親子愛の映画として観ると多少の驚きがあった。ニューヨークに取り残された息子を救うべく父親がそこへ迎えに行くのだが、息子は父親が「迎えに行く」と言った言葉を信じてやまず待ち続ける。これは映画の中だからこのように描かれているのか、それとも、アメリカ人一般に言えることなのか。もし後者であるとするならば、他国の人にも同じ心を持って接してもらいたいものである。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-05 16:03 | 映画

映画 『笑の大学』

映画 NO.15 『笑の大学』

 戦争直前の頃の検閲官と喜劇作家とのやり取りを描いた舞台を映画化した作品。内容は笑いを知らない検閲官が劇中から笑いを無くすよう作家に何度も無理難題を押し付けるにつれて作品が面白くなっていく、というもの。威圧的な検閲官を演じる役所広司と変な熱さを持っている作家を演じる稲垣五郎の役が上手くはまっていて、二人のやり取りの随所で微笑してしまった。そして、徐々に検閲官が笑いを知り始めるという人間ドラマが混じり始め、気付くと検閲をしつつも二人で作品を作り始めている。しかし、作品が完成した時…

 この作品は劇中劇の話を劇中でやっているのでとても変な感じがする。一度舞台で見てみたかった。また、専門的なことはわからないが、カメラのアングルが各場面で臨場感があるというか、上手く役者の表現を助けていたような感じがした。直感だが三谷幸喜作品は何度も観たほうが味があるような気がする。機会があればまた観たい。

 余談だが、街中にきれいなお姉さんがいるのを発見し、よく見たら加藤あいだった。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-05 16:03 | 映画

映画 『髪から始まる物語』

映画 NO.13 『髪から始まる物語』

 この作品は行定勲監督の短編映画三部作で、化粧品メーカーの商品に鑑賞券が付いていて、その鑑賞券があると観ることができるいわゆる「ウェブシネマ」である。行定監督の作品で、柴咲コウ主演なので、作品もキャストもしっかりしている。一つの商品を売るのにここまでお金を掛ける時代になったのだなと感嘆してしまった。この企画でどれほど売り上げが伸びたのかは解らないが、目の前に商品が陳列されていてその中で鑑賞券が付いていればかなりの差別化になることは間違いない。商品の質も高ければ、化粧品の場合リピーターも多くなることが考えられる。なかなか面白いことをするものである。

 さて、内容は三部作なのだが、特に印象に残った第一部「復讐」について書いていこうと思う。まず、女性の方に思い浮かべてもらいたい。ここにどこにでもいる普通の妻がいる。結婚して数年、子供も小学生になってきた頃、夫が身なりに気を遣わなくなってきた妻に興味を持たなくなってきた。そんな時、妻は車の中で夫の愛人の綺麗な一本の長い髪を見つける。さてあなたはどうするだろうか。別れる、話し合う、見過すなど方法はいくらでもある。そう、この妻は復讐することにしたのである。ここからが特異。この妻は髪を伸ばし綺麗な髪を手に入れようと努力し始める。そして、美しい髪を手に入れ、髪を一本車の助手席へ…

 観終わって思うことは、行定監督もこんな経験があるのだろうかということ。愛人がシャツに髪を付けるとは稀に聞くが、本当に勘弁して欲しいものである。また、愛人と髪の美しさで勝負しようとするこの妻が滑稽であった。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-12-05 16:02 | 映画

歴史 『竜馬がゆく(四)』

歴史 No.22 『竜馬がゆく(四)』 司馬 遼太郎 著

 本巻で、竜馬はついに一隻の軍艦を手にする。勝の私塾として設立された神戸軍艦塾に幕府から一隻の軍艦が貸与されたのである。「志士たちで船体を操り、大いに交易をやり、時いたらば倒幕のために海軍にする」という竜馬の奇異な発想は着実に現実味を帯びつつあった。一方で、時勢は混乱を極め、長州は没落、武市の作り上げた土佐の勤王政権も容堂の手によって崩壊、勤王派勢力は後退を余儀なくされる。

 ここで、武市に注目したい。武市半平太、彼は生涯土佐藩という枠組みに固執した。土佐24万石を以って勤王化を成し遂げ、倒幕勢力たらしめようとしたのである。保守的な藩風を見限り脱藩した竜馬を余所に武市は土佐の勤王化に奔走し、結果、武市は土佐に勤王政権樹立に成功する。しかしながら、容堂によって政権は崩壊、そして容堂寵愛の後藤象二郎、乾退助によって殺されてしまう。武市半平太と坂本竜馬、両者の違いは時勢を読んでいたか否かによるものであろう。後に、後藤と乾は竜馬とともに倒幕側に付き、土佐藩も勤王化していったことが何よりの証拠である。竜馬を見ていると時勢に乗れる人物とは待つ勇気を持つ人物であるような気がしてならない。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-11-25 16:00 | 本:歴史・ノンフィクション

歴史 『竜馬がゆく(三)』

歴史 No.21 『竜馬がゆく(三)』 司馬 遼太郎 著

 第3巻で、竜馬は劇的な変貌を遂げる。そのきっかけとなったのが勝海舟との出会いである。竜馬は勝の影響を受け、勤王と佐幕という言わば極左と極右が対立していた時期に、そのどちらでもない独自の考えを持つことになる。その考えとは、海外との貿易によって国力を充実させるというもの。そのために倒幕は必要である、と。

 竜馬と勝は偶然にも出会うことができた。出会わなければ歴史は変わっていたはずである。故にこの出会いのために今の日本があると言える。もしあの時、勝に会いに行ったのが竜馬でなく他の勤王志士であったならば、おそらく勝は明治まで生きながらえることはできなかったであろうし、竜馬でなければ勝の考えを理解できなかったであろう。藩でもなく幕府でもなく日本を考えていた竜馬だからこその功績と言える。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-11-25 15:59 | 本:歴史・ノンフィクション

歴史 『竜馬がゆく(二)』

歴史 No.20 『竜馬がゆく(二)』 司馬 遼太郎 著

 第2巻では、黒船来航以来沸き立ち始めた勤王志士と幕府との勢力争いが描かれている。薩長に遅れをとらぬよう土佐の勤王化を目指す武市半平太。しかし、土佐は保守的であり、有無を言わさぬ階級制度が足枷となり、その勤王化は不可能に近かった。その土佐を見限った竜馬は風雲の中に自由を求め、脱藩することを決意する。

 前巻では、剣術家坂本竜馬の印象が強かったが、本巻では漸く歴史の教科書に登場する坂本竜馬の片鱗を示し始めた。とは言え、壮大な思想を持ち始めたわけでもなく、もちろん大仕事を成し遂げたわけでもない。しかし、彼は土佐と江戸とを行き来するうちに、土佐の他藩に比べ厳しすぎる階級制度に違和感を覚え始めたのだ。当時に身を置き換えて考えれば、この感覚を持つことがいかに困難であるかは想像に難くない。小さなことではあるが、このような感覚が今後の竜馬に繋がってくるのではないかと思えて仕方がない。

 余談だが、かなり前に読んだものを思い出しながら書くのはよくない。読んだ直後の感動が全く表現できない。今後は気をつけようと思う。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-11-25 13:18 | 本:歴史・ノンフィクション

歴史 『竜馬がゆく(一)』

歴史 No.19 『竜馬がゆく(一)』 司馬 遼太郎 著

 坂本竜馬を知らぬものはいない。そういっても過言ではないほど、坂本竜馬は現代日本において、特に幕末維新史上欠かすことのできない人物である。とは言え、わたくしは坂本竜馬が成し遂げた薩長連合や大政奉還などの歴史的功績を知るのみで、彼が一体どのような人となりをし、どのような考え方を持って幕末の動乱期を生きていたのかを全く知らない。先に読んだ同時代の偉人である福澤諭吉や徳川慶喜とは立場の異なった坂本竜馬がいかにしてこの大仕事を成し遂げたのか、今から非常に楽しみである。

 さて、第一巻を読み終えて思うことは、この巻だけではどうして彼が政治的な大仕事を成し遂げることができたのかわからない、の一点に尽きる。剣術家として大成する素質があることは、彼の千葉道場での活躍ぶりからも窺うことができる。しかし、その他は特徴ないとは言わないが、傑出しているとは捉えがたい。この坂本竜馬がどのようにして幕末維新史上の奇蹟と言われる人物に成っていったのか、心して読んでゆきたい。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-11-25 12:13 | 本:歴史・ノンフィクション

新聞 『こばのへりくつ ‐10月のBSE問題を茶化す‐ 』

 米産牛肉の輸入が再開されそうな今日この頃、10月の関連記事を眺めていると、強気な米国と弱気な日本が見えてきます。以下でasahi.comの記事を紹介して、それぞれにコメントしていこうと思います。

++ 記事1:米産牛肉の輸入再開 米政府・業界、歓迎の声明(10月5日)

 日本政府が早ければ年内にも米国産牛肉の輸入を再開する見通しとなったことについて、米政府と米業界団体は、歓迎すると同時に、早急に具体的手続きを進めるよう強く求めた。米国食肉協会(AMI)は期待感を示す一方、日米が輸入再開で基本合意してからすでに1年近く過ぎているため「実際に日本の食卓に載るまでは安心できない」と、今後の動きを注視する。

+コメント
 わたくしは「実際に日本の食卓に載ったら安心できない」、そんな気がします。

++ 記事2:官房長官が「歓迎」 米国産輸入牛肉再開(10月5日)

 細田官房長官は5日午前の記者会見で、米国産牛肉の輸入問題で食品安全委員会プリオン専門調査会が「(生後20カ月以下なら)食肉への汚染の可能性は非常に低い」としたことについて、「政府として歓迎している。できるだけ早期にこの問題は解決していきたい」と語った。再開時期については「あくまでプリオン調査会での科学的分析、決定を尊重していく。

+コメント
 恐いですものねBSE。いえいえ、もっと恐いのはアメリカ。肉の安全性より日米関係の方が問題ですよね、官房長官。

++ 記事3:対日制裁を米政府に要請 牛肉問題で上院議員ら(10月8日)

 米上院のロバーツ議員(共和党)は7日、日本の米国産牛肉の輸入再開が遅れていることに対して経済制裁を科すよう求める書簡を、20人の上院議員とともにポートマン米通商代表部(USTR)代表に送ったと発表した。書簡を送ったのはカンザスやコロラドなど畜産が盛んな州の選出議員ばかりで、「日本が不当な貿易障壁を維持するためにこの問題を使っているのは明らかだ」などとしている。

+コメント
 ロバーツ議員は地元で得票率極大化するためにこの問題を使っているのは明らかだ。

++ 記事4:英からの救援非常食「BSE心配」 米で1カ月以上放置(10月18日)

 米国南部に今年8月、大きな被害をもたらした大型ハリケーン「カトリーナ」の被災者救援のため、英政府が送った非常食33万食分が、たなざらしになっている。米国での流通が禁止されている英国産の牛肉が含まれていることが理由だ。米政府は、牛海綿状脳症(BSE)への心配から英国産の牛肉の流通を禁止しており、被災地でも例外を認めなかった形だ。

+コメント
 ロバート議員はこれをどのように見ているのでしょうか。もし「米国が不当な貿易障壁を維持するためにこの問題を使っているのは明らかだ」と言っていたら尊敬します。

++ 記事5:米国産牛肉輸入再開に「反対」67% 本社世論調査(10月25日)

 米国産牛肉の輸入が年内にも再開される可能性が高まるなか、輸入再開に反対の人が67%で、賛成は21%にとどまることが、朝日新聞社が22、23日に実施した全国世論調査で明らかになった。昨年10月の調査のほぼ同じ質問に対する「反対」(63%)を上回る。「国産牛と同等の安全性」を焦点に政府の食品安全委員会での審議が大詰めを迎えているが、消費者の不安はなお根強いといえそうだ。

+コメント
 たぶん、吉野家の前で調査をすれば賛成多数になると思われます。

++ 記事6:日本が牛肉輸入再開せねば報復関税 米上院で法案提出(10月27日)

 米上院の超党派の議員21人は26日、日本が今年末までに米国産牛肉の輸入を再開しなければ、日本製品に総額31.4億ドル(約3600億円)の報復関税を課すよう米政府に求める制裁法案を、議会に提出したと発表した。関税の額は、日本の輸入禁止で米国の肉牛業界が被った損害に相当するとしている。対象品目の選定は米財務省にゆだねる。

+コメント
 まさにペリー来航ならぬロバーツ来航です。

++ 記事7:米産牛の輸入解禁、広く意見募集 食品安全委(11月2日)

 『食品安全委員会は2日、米国・カナダ産の牛肉と、日本の牛肉の安全性について「科学的同等性の評価は困難」としながらも、輸入条件が守られれば、「リスクの差は非常に小さい」としたプリオン専門調査会の答申原案を了承した。29日まで、一般から意見を募集し、同委員会で政府への答申をまとめる。それを受けて政府は12月にも輸入再開に踏み切る見通しだ。』

+コメント
 食品安全委員会は一般からの意見で輸入反対多数だったら輸入再開は見送る答申をまとめ、政府は輸入再開を見送るのでしょうか。素晴しい世の中になったものです。

 弱気な日本と強気な米国、この構図はいつまでたっても変わらないのでしょうか。外交されている方々にはもう少し頑張ってほしいものです。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-11-03 13:41 | 新聞記事

エッセイ 『バブルの物語 -暴落の前に天才がいる- 』

エッセイ NO.17 『バブルの物語 -暴落の前に天才がいる- 』
ジョン・ケネス・ガルブレイス 著

 『バブルの物語』、本書はその名の通り過剰な投機と崩壊のエピソードを綴ったものである。著者のジョン・ケネス・ガルブレイスは、18世紀のフランスにおけるジョン・ロー事件やイギリスにおけるサウスシー・バブル、そして1929年の大恐慌など、陶酔的熱病的な投機がやがて急激に崩壊して悲惨な結末をもたらした過去の事例を紹介した後、投機から崩壊という現象に共通する要因を抽出することで、読者に対して投機とは如何なるものかを認識させ崩壊の犠牲にならぬよう警告を与えている。本書はこの事を読者に認識させるために過去に起こった「バブルの物語」を再三にわたり懇切丁寧に紹介している。

 まず、過剰な投機―バブル―は何故起こるのかについてガルブレイスは「自分および他人の知性は金の所有と密接に歩調を合わせて進んでいるという一般的な受け止め方を前提に、自分の洞察力が優れているという幻想を持った個人や機関が富の増大から得られる満足感の虜になり、結果として値をせり上げるという行動が生まれる」と分析している。確かに価格が上昇してゆけば自分が賢明な事をしていると錯覚してしまうのは無理もないと言える。その後、権威者の一言などが引金となり、暴落の時は突然訪れる。このとき、投機と崩壊に関わっていた人は自分が愚かであったとは思いたがらないため、外部的な要因を探そうと躍起になり、自らの投機が原因であるとは是が非でも認めようとはしないのである。ガルブレイスは、また、このようなエピソードは今後も繰り返されるであろうと予測している。歴史を知らず、一般的な楽観ムードに呼応し、自分が金融的洞察力を持っているという幻想に捉われている「過去の教訓」を生かせない人々がいる限りは。

 人が合理的に判断して行動することでバブルの崩壊という歴史は繰り返すようだ。周囲が楽をして儲けられる話で盛り上がっている傍ら懐疑的になる事など合理的に考えたら土台無理な話である。然らば、バブルは永遠に不滅であり、バブルを如何に楽しむかを考えた方が生産的である、と私はそう思う。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-11-02 01:45 | エッセイ(課題)

本  『羊をめぐる冒険(下)』

本 NO.10  『羊をめぐる冒険(下)』 村上 春樹 著

 上巻の終わりに巻き込まれた事件のために、僕は星形の斑紋を背中に持っているという一頭の羊をめぐる冒険を始めることになる。冒険が進むにつれて次々と明らかになってゆく事実、日常では有り得ない状況設定という村上春樹の世界観にわたくしは徐々に引き込まれてしまった。その辺はさすがである。しかしながら、正直なところ『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』に比べるとやや物足りなかった気がする。『羊をめぐる冒険』は登場する人物や状況設定は確かに面白いのだが、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の様にいろいろと考えさせられる部分が少なかったように思う。もしかしたら、感じるべきところはあったのかもしれないが、少なくともわたくしはそれを感じる事ができなかったため物足りなく思ってしまった。こうなってくると、村上春樹の作品は前者と後者のどちらの方が多いのか気になってくる。さて、次は何を読むか、検証は続く。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-30 01:45 | 本:その他

本  『羊をめぐる冒険(上)』

本 NO.9  『羊をめぐる冒険(上)』 村上 春樹 著

 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んでから、わたくしは村上春樹の作品の面白さを知り、立て続けに手元にあった本作品『羊をめぐる冒険』を読み始めた。予想していた通り『世界の終わりとワードボイルド・ワンダーランド』同様『羊をめぐる冒険』も展開が読み辛い内容から始まる。ちょうど行定勲監督の映画『ひまわり』に似た冒頭だった。そしてまた、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』でわたくしのお気に入りだった少々人生を投げやり気味に生きる僕(主人公)に似通ったまたしても僕(主人公)が登場する。彼(僕)は自らの身に起こることを非常に合理的に解釈し、ほとんど無抵抗に受け入れるのだが、見ていてとても気持ちが良い。わたくしもあのような思考回路を持つことができたらどれだけゆるりとした生活を送れるだろうかとついつい想像してしまう。

 さて内容はというと、上巻ではほぼ8割が既述の僕が繰り広げる村上春樹の描く世界で埋め尽くされている。しかし終盤、僕は可笑しな事件に巻き込まれる事になる。そこから羊をめぐる冒険は始まる。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-30 01:14 | 本:その他

本 『ベンゲル・ノート』

本 NO.8  『ベンゲル・ノート』 中西 哲生 戸塚 啓 著

 アーセン・ベンゲル、彼は94年から95年の約1年半の間、名古屋グランパスで監督を務め、現在イングランドプレミアリーグのアーセナルの監督として活躍する世界有数の名監督の一人である。また、ベンゲル・ノートは彼がグランパスの監督だった当時選手であった中西哲生のベンゲルの練習内容、言動などのメモを本にまとめたものである。今回はこの本の中で最も印象に言葉を紹介したいと思う。

 “ Pass should be future, not past, not present. “

 この言葉はベンゲルのサッカーに対する前向きな姿勢が伝わってくる。直訳すれば「パスは過去でもなく、現在でもなく、未来に出すものだ」である。つまり、「パスは未来を切り開くものだから、常に前に意識を持って、そしてゴールを狙っていけ」ということなのだろう。他にも多くの名言を残しているベンゲル、重要なことをシンプルかつ的確にまとめあげる能力が名監督という彼の地位を不動のものにしているのかもしれない。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-21 09:34 | 本:その他

エッセイ 『孫正義氏の講演を聞いて』

エッセイ NO.16 『孫正義氏の講演を聞いて』

 「二十代で名乗りを上げ、三十代で軍資金を最低で一千億円貯め、四十代でひと勝負し、五十代で事業を完成させ、六十代で事業を後継者に引き継ぐ。」これはソフトバンクの孫正義が19歳の時に立てた人生50年計画である。彼もまた他の名立たる経営者たちと同様に鋭い分析力と行動力を持ち合わせた野心家であったようだ。アメリカでは1週間に1度飛び級するなどと言った数多くの伝説を持つ彼だが、今回はその伝説が生まれるための基礎となる彼の物事に対する姿勢、特に事業に対する姿勢に着目してみようと思う。

 まず、革新的な経営者たちに共通して言えることだが、彼も常により良い事業がないかを考え続けていると言う。彼の場合、「1日5分の発明」がそれである。1日5分の発明とは、構造的に伸びる、やる気を感じる、小さな資本でできる、競合が少ない、儲かる、社会性があるといった十数個の項目を考慮して考えられるビジネスモデルのことである。こうした日々の積み重ねから生まれたビジネスモデルは調査・分析を繰り返しブラッシュアップされる。彼は特にこの作業に時間をかけ、ソフトバンクでは5年分の完璧な事業計画を立案してあとはやるだけの状態を作るために1年半を費やした程である。とは言え、全てが彼の計画通りに進む筈も無く、数多くの壁にも直面している。しかし、それにも拘らず、彼は「No.1になる」という熱意でそれらを退け成功を手にしている。

 今回の講演を聞いて感じること、それは地道な積み重ねとこだわりがあることの強さである。つまり、普段華やかな成功だけが取り沙汰されているその裏では直向きな努力がなされそれが成功へ繋がっていること、また、こだわりを持つことで生まれるそれに対する情熱・熱意は論理以上に人を動かす力を持っていることである。この強さを持ち合わせる孫正義、彼が自信に満ち溢れた人物のように見えてしまうのは私だけだろうか。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-15 12:43 | エッセイ(課題)

本 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(下)』

本 NO.7  『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(下)』
村上 春樹 著

 「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランド」それぞれの関係が謎であった上巻とは対照的に、下巻では冒頭にその2つの世界の関係が暴露されることになる。と同時に、不可解であった今までの話に繋がりが見えてくる。2つの小説が同時並行で書かれている理由がはっきりとわかった瞬間だった。私はその関係が明かされる時の首尾一貫した論理性と私とは次元の異なる発想力に驚いてしまった。しかも、それが突拍子の無い現実離れした空想の世界ではなく、現実の世界でも考えられ得る人間の思考回路を比喩的に描き出しているのだ。きっと村上春樹の頭の中には人間の脳の縮図が存在し、その比喩表現が小説なのではないだろうかと感じた。

 私にとって村上春樹、そして小説の面白さを体感することができたという意味でこの作品の存在価値は大きい。今後私の推薦書の中の1冊に加えたいと思う。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-10 20:45 | 本:その他

本 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(上)』

本 NO.6  『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド(上)』
村上 春樹 著

 私は村上春樹の小説が好きではなかった。そもそも小説そのものが好きではなかったし、中でも村上春樹の作品は小説を読み慣れない私にとっては数十ページで頭を混乱させてくる難敵であったため毛嫌いしていた。しかし最近、2人の先輩の愛読書に本書「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」が挙げられていたので読んでみることにした。

 最初は「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランド」がなぜ同時並行で書かれているかの繋がりがわからず、やはり混乱してしまった。特に「世界の終わり」は不自然な規定によって統制された不思議な世界観が描かれているため、この世界が何のために描かれどのような展開になるのかが全くと言って良いほどわからなかった。しかし、次第にではあるが、「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランド」それぞれの話がわかってくるようになり、両者の繋がりがおぼろげながらわかりそうになってくるところで上巻が終わる。

 ここまで読んで思うことは1つ、なぜ今まで彼の作品を読まなかったのかと言う事である。以前、彼の作品を読んだ時にもう少し我慢して読み続けていたら、とそう思う。より面白くなるであろう下巻を早く読みたい。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-10 11:28 | 本:その他

エッセイ 『永守重信氏の講演を聞いて』 

エッセイ NO.15 『永守重信氏の講演を聞いて』

 「情熱、熱意、執念」「ハードワーキング」「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」という3つの言葉は日本電産株式会社の永守重信の経営哲学を集約したものである。28歳で日本電産株式会社を設立し、創業から15年目に大阪2部に上場、25年目に東京と大阪の1部に上場を果たした名立たる経営者の一人である彼は「企業の発展には人材教育が全てである」と断言し、社員に既述の3つの精神を植え付けることが大切であると説く。話を聞き終えての感想は、正直なところ、「根性で何とかしよう」的な彼の発想はあまり好きではない。しかしながら、状況を打開する際の考え方には学ぶところが多く、好きでないからといって簡単に無視できるものではなかった。以下では、「人材教育が全て」という結論に至った彼の考え方をまとめていく。

 まず彼は企業の成長を5年毎にフェーズ分けして捉えている。初めに「食べるために働き、夢はあるが仕事がない段階」。次に「仕事はあるが金がない段階」。そして「仕事・金はあるが、人がいない段階」、「人・仕事・金のバランスが良くなる段階」と続いてゆく。このようにフェーズ分けして企業の成長を眺めてみると、人・金のどれをとっても中小企業が大企業に及ばないという現実にぶつかる。しかし、彼は諦めずに時間は誰にも平等にあることに着目した。そして、金の問題を克服。だが、またここで新たな壁に遭遇することになる。人材不足である。一流の人材は大企業へ流れてしまうのだ。
 この難題を解決するために、ここでも彼は人を3種類に分けて捉えている。発火剤のいらない自燃型、発火剤を必要とする他燃型、そして何をしても燃えない不燃型がそれである。彼は自燃型が大企業に流れ、他燃型ばかりが入社してくる現実を受け止め、会社を発展させるには社員を育成する外方法はないという結論に至る。
 以上から明らかな様に、彼は眼前にある問題に対してそれをそのまま受け入れようとせず、まずその現象の本質を簡単に捉え、既成概念によって見落とされている部分を見つけ出し、それに適した対処を施している。この考え方には見習うべきものが多い。

 全体として、暑苦しさ漂う彼の思想は好きにはなれないが、上記の思考プロセス――現象を時間や類型で分ける考え方――は今後参考にしていきたいと思った。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-09 20:15 | エッセイ(課題)

歴史 『宮本武蔵(八)』

歴史 No.18 『宮本武蔵(八) 円明の巻』 吉川 英治 著

 幕士への道が沙汰止みになった後、武蔵は再び修業の旅にでた。剣の旅ではない今回の修業の途中、岡崎で塾を開いていた所、武蔵は愚堂和尚に出会う。そして武蔵は和尚に問うた、「どうすればよいのか」と。答えをもらえるまで付き従おうと決心した武蔵は和尚に問い続け、あとを追うが和尚は答えなかった。しかしながら、ある時和尚は武蔵を円で囲った。その時武蔵は気付いた、瑣末なことに捉われすぎていたということに。そして、武蔵は再び前に進み始め、小次郎との戦いへと向かってゆく。

 上を目指し続ける武蔵、武蔵を意識しその上を目指す小次郎、武蔵とは別の方向で勝ろうとする又八や一途なお通、状況に流されやすい朱実など、登場人物の行動原理の違いは、時に共感し、時に理解が難しく読んでいて面白いかつ勉強になった。また、悩める武蔵が成長していく姿はたとえ遠回りをしても前に進む意識を持つことの大切さを物語っており、前への意識が道を切り開き得ることを切に感じた。

 全体としてとてもおもしろかった。いつかまた読み直したい作品である。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-07 20:11 | 本:歴史・ノンフィクション

歴史 『宮本武蔵(七)』

歴史 No.17 『宮本武蔵(七) 二天の巻』 吉川 英治 著

 法典ヶ原での修業の後、武蔵はついに江戸に入る。その頃、江戸には小幡一門と争う小次郎や武蔵を待ち構えるお杉婆、お通、又八がいた。舞台は京から江戸へと完全に移り変わったのである。当時江戸では各藩が優秀な人材を死に物狂いで探し求めており、武蔵や小次郎も当然の如く目を付けられていた。そして、武蔵野の草庵で暮らす武蔵とは対照的に小次郎は細川家に仕官する話が着々と進んでゆく。その後、小次郎にやや後れをとったものの武蔵にも幕府の仕官の話が舞い込んでくる。それまで出世に無関心であった武蔵だが、「剣の心を持って、政道はならぬものか、剣の悟りを以って、安民の策は立たぬものか」と考え幕士に対する野心を見せ始めるのだが、まもなく沙汰止みとなり「政治の道は武のみが本ではない。文武二道の大円明の境こそ、無欠の政治があり、世を活かす大道の剣の極致があった。もっと自身を、文武二天へ謙譲に仕えて研きをかけねばならぬ。――世を政治する前に、もっともっと、世から教えられて来ねば…」と再び修業に出ることを決心する。

 本書は武蔵>小次郎という図式で書かれているだけに読者は必然的に武蔵を応援したくなる。前巻で遠回りをすることは悪いことではないと書いたが、武蔵が足踏みをし小次郎が出世の道を早々と進んでいくとどうしても焦ってしまう。さすがに面白い展開になっていると感心してしまった。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-07 20:10 | 本:歴史・ノンフィクション

歴史 『宮本武蔵(六)』

歴史 No.16 『宮本武蔵(六) 風の巻』 吉川 英治 著

 武蔵は一乗寺下り松の戦いからなんとか命あるまま帰ることができた。と同時に武蔵の考え方は変化しつつあった。剣を極めて何がしたいのか、何ができるのかを武蔵は考え始める。折も折、武蔵が吉岡一門の大将であった源太郎少年を最初に討ったことと逃げ帰ったことに対して一門は中傷を繰り返した。結果、武蔵は京をはなれ江戸に向かうことになる。しかしながら、武蔵はその道中偶然出会った伊織と共に下総の法典ヶ原で未墾の荒野を相手に「治」の修業を始める。武蔵の考え方の変化が最初にでた瞬間だった。武蔵は剣を捨て自然と闘うことで治めるとは如何なるものなのかを学び取っていったのだった。

 私は風の巻の後半を読んでつよく感じたことがある。それは悩むことは大切であるということ。当然のことと思うかもしれないが、武蔵が思考を凝らし時には直感で行動することで遠回りかもしれないが一歩一歩着実に、そして真っ直ぐ進んだ時よりも深い考え方を携えて、宮本武蔵を形作っている。悩み、時には的外れかもしれないが、何かについて考えて出された結果の行動であればそれはいずれその何かに繋がってくるのではないかと思った。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-07 20:09 | 本:歴史・ノンフィクション

歴史 『宮本武蔵(五)』

歴史 No.15 『宮本武蔵(五) 風の巻2/3』 吉川 英治 著

 清十郎との戦いの後、武蔵は寛永の三筆の一人であり、当時の日本文化の花と讃えられる本阿弥光悦と出会うことになる。粗野な育ちである武蔵にとって、洗練された名家の出である光悦の振る舞いのインパクトは計り知れないものであった。当初、武蔵は向上心の欠片すら見受けられない光悦の生活に困惑し、宝蔵院の僧日観の言葉を聞いた時から続く武蔵の苦悩に一層の拍車をかけた。また、苦悶する一方で、今や吉岡一門の敵となった武蔵は立て続けに試合を申し込まれる。清十郎の弟・伝七郎との蓮華王院での戦いや一門70余人との一乗時下り松での戦いである。風の巻の中盤では、一乗寺下り松の戦いを前に初めて死を意識する武蔵の心の動きが色濃く描かれている。

 日観の言葉と同意とも捉えられる光悦の放つ雰囲気、かつて沢庵に説かれた命と裏表の関係にある死、この二つが何を意味するのか。一乗寺の戦いが苦悩する武蔵のターニングポイントになるのか今から楽しみである。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-07 20:08 | 本:歴史・ノンフィクション

歴史 『宮本武蔵(四)』

歴史 No.14 『宮本武蔵(四) 風の巻1/3』 吉川 英治 著

 武蔵と吉岡清十郎の決闘に引き寄せられるが如くそれぞれは京都に集まって行く。一年前に約束したあの決闘である。武蔵は吉岡一門を破るべく全国の剣豪の下を渡り歩いてきた。一方、朱実に振り回された清十郎は修業に身を費やすことができないでいた。故に、両者の力の差は歴然、清十郎は一撃で敗れることになる。風の巻の序盤では京都に集ったそれぞれの複雑な関係、また武蔵と本阿弥光悦の出会いが描かれている。

 私はこの巻でも武蔵と又八の人間性とでも言うのだろうか、日々の物事に対する姿勢の違いがとても印象に残った。前回も同意の事を書いたが、私は武蔵のように清廉潔白で向上心に満ちている人物に憧れを抱いている。しかしながら私は、やはり根は又八のようにいつも逃げ腰で有言不実行な人間なのだ。着々と成長を続ける武蔵に対して、又八が今後どのように成長していくのか、または成長できないのか、今後が楽しみである。
[PR]
# by jokerish2 | 2005-10-07 20:07 | 本:歴史・ノンフィクション